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「Z会桜浪紀」の脚本を振り返る

はじめに

本ブログは「【合作】Z会桜浪紀 最高の教育で、未来をひらく。」の重大なネタバレを含みます。したがって、動画本編を視聴したあとに閲覧することを強く推奨します。

 

 

 

 

 

 

~ブラウザバック用の余白~

 

 

 

 

 

 

 Lixyと申します。このたび、「【合作】Z会桜浪紀 最高の教育で、未来をひらく。」の脚本を担当いたしました……とは言っても、脚本というロールが何を指しているかだいぶ漠然としているため、私たちが具体的にどう物語を考えたのか、覚書として記しておきます。

 なお、クレジット表記では「脚本:Lixy」となっていますが、(当然ながら)Lixy1人でこのストーリーを全部考えたわけじゃありません!!!運営陣やメドレー担当者らとじっくり話し合いを重ね、横断的にフィードバックを出し合って完成させたものです。決して私だけの手柄ではないのでご注意ください。なお、音声や映像といった部分に関してはほぼ全く与していません(メドレーの選曲や映像のリファレンス集めを少し手伝ったぐらいかな……)。

 

 

 

 主催のこち横さんから「脚本を書いてくれないか」とお声がかかったのが2022年の10月頃でした。私に与えられたのは「東大を目指して浪人する亀井有馬の1年を、四季の流れとともに描く」という方向性のみだったので、大きく2つのコンセプトを定めました。

視聴者が共感できる構成にする

②最終的に亀井は落ちてしまうが、(Z会の俳優として仕事が見つかり)これはこれで良かったね、みたいな終わり方にする

 ②は後述します。まずひとつ目。これはこち横さんご本人も強く要望していました。四季というわかりやすいテーマが最初に提示されていたのも、より共感、没入できる作品にするためだったそう。このコンセプトはストーリーを1から作るにあたってかなり大きな取っ掛かりになったと感じています。

 要所要所、振り返りも兼ねて解説していきます。まずは「完全放棄宣言」パートのこのシーン。

 浪人して最初の模試で、なんと亀井はB判定を叩き出します。というのも、実際の浪人生活において、春先は新3年生と同じ模試を受けることになり、現役で受かった同年代は当然もういないので偏差値が高く出る傾向にあります。ニコニコではすでにコメントで言及されていましたね。かくして春~夏の亀井は調子に乗り、勉強放棄宣言しちゃったり髪を染める妄想をしたり……といった展開に繋がっていきます。コメディは不得手なので、このあたりのアイデア出しは私以外のメンバーに委ねるシーンが多かったです。

 しかし、オープンキャンパスで突如始まった東大生・伊沢拓司とのクイズ勝負。この頃から力をつけてきた現役生に抜かされ始め、模試でE判定が出てしまいます。秋から冬にかけ、受験が刻一刻と迫ってくるのを日々感じながら、なにやってもうまくいかなくなったり、自身の境遇に号哭したりと、明確に「焦り」「緊張」「苦しみ」のような負の感情を演出しています。

 従来のZ会MADでは、やたら亀井たちは東大を受けさせられがちです。1つの学府に強く固執するその背景には何があったのか、ストーリーとして考えたときに連想したワードがあります。「教育虐待」です。

教育虐待(きょういくぎゃくたい)とは、児童虐待の一種で「教育熱心過ぎる親や教師などが過度な期待を子どもに負わせ、思うとおりの結果が出ないと厳しく叱責してしまうこと」を指す。(教育虐待 - Wikipedia

 亀井はZ会社員である父親からの圧力によって、東大受験以外の選択肢を閉ざされていたのです。「教育虐待」は昨今、話題に上がることの多い概念ですが、こうした「受験」の副作用を無視したまま、単なる面白動画としてコメディを描き切ることは私にはできませんでした。

 また、本パート「Camouflage Announce」ではシリアスな情報を伝える必要があるため、イラスト担当者を別途でお誘いし、静止画MADのようなかたちで文字を見せる表現をしています。ジャンプチャンネルが公式で投稿してるPVを運営間で共有した記憶。

 そして感情が爆発し、「ロストワンの号哭」へ。「号哭」は激しく泣くことですが、「ロストワン」とは何なのでしょうか。これは医学的な定義づけがなされているわけではありませんので話半分に聞いていただきたいのですが、「アダルトチルドレン」という、いわゆる機能不全家族のなかで育ってきた子供に見られる類型の1つです。父親の教育虐待によって健全な機能を失った家庭で、亀井はまさに「ロストワン」として育ち、ここにきて何もかも分からなくなってしまうのです(ステレオタイプ的な亀井が「ロストワン」かはさておき)。

 そんな中、突然ヤンクミが現れ「こいつは青チャート(ブルアカスタディ)毎日してんだよ」と励ましてきます。正直、このパートは私1人では絶っっっ対に出てこないアイデアでした。運営のたいうおさんによる提案です。「ロストワンの号哭」で一度振り切れた大人への不信感、未来への絶望感をコミカルにふっ飛ばします。いえ、多分ふっ飛ばしきれていません。ですが、現実における受験もきっと同じです。どうしようもない現実がデウス・エクス・マキナによって一気に明るくなる、なんてことは基本的にありません。受験生は、めいめい複雑かつ困難な課題を抱えつつ、紙面の問題を解くことになります。

 ここの脚本に関しては、メドレー担当者の26Kさんがかなりクリティカルな助言をしてくれて(掲載許可はいただいております)。

 この解釈、方向性を全面的に採用しここの構成が固まった、という経緯があります。
 こんな感じで、いろんなひとが本当にめちゃくちゃ手厚くサポートしてくれて決まったディテール部分が数多くあります。謙遜ではなく本当に、私1人では脚本の完成に至れていなかったのです。

 そして迎えた二次試験本番。あれ?共通テスト(一次試験)は?といいますと、実は「ラグトレイン」パート内ですでに共通テストを受験していたことが明かされています。画像が亀井の得点。亀井が受験したのは理科一類で、例年の一次試験ボーダー得点率はおおよそ87%前後なので、694/900、得点率77%あたりだと正直かなり心もとないです(二次試験得点のおよそ4分の1として換算されるとはいえ……)。

 二次試験当日の様子。なんと運営が二次試験当日の朝、撮影に赴いていました。

 受験が始まります。たしかこち横さんの提案により、アニメ「暗殺教室」の試験シーンのように、具現化した問題が怪物として襲ってくるという描写になっています。ここではアニメーションとコラージュを横断して立体的な戦闘シーンを表現することになりました。KICK BACKパートのディレクションやアニメーション原画等を担当してくださったれでぃばさんのnoteも併せてどうぞ。

 黒塗り、いや、まだ何も書かれていない空欄の部分を解答で満たしていきます。しかし、次第に解ける問題の数が減っていき、亀井の心境と同期するように曲のピッチも乱れていきます。ちなみに、合作全体にわたって歌詞改変は運営総出で行っており、ここはマジで私がお力になれない箇所でした。力及ばずすぎる……。

 自信とテンションが下がりきり、くじけそうになる亀井。しかし、過去に教えてくれた先生たちのことや、これまで積み上げてきた数々の努力を思い出し、立ち上がります。かくして、「私は最強」と言わしめるだけの確固たる自信が、再び亀井に宿ったのです(落ちたけど)。

 最後に一瞬だけ映り込むこのシーン。亀井の投げたペンがカメラに当たり、画面が砕けてしまうのですが、実はこれ、いわゆる「第四の壁」を破る意図があります。

想像上の見えない壁であり、フィクションである演劇内の世界と観客のいる現実世界との境界を表す概念である。(第四の壁 - Wikipedia

 この動画は、たしかに亀井の物語でした。どこまでいっても1つのフィクションであり、音MADであり、設計されたストーリーです。しかし、この14分の動画で亀井が経験した数々の葛藤や困難、ひいては受験が終わったあとも続いていく人生は、現実を生きる私たちのそれと地続きになっています。創られたキャラクターでありながらも、1人の浪人生として戦い抜いた亀井からの「アナタと最強」を、すべての視聴者に、すべての受験生に捧げます。

 長かった1年が終わり、再び季節が巡ります。東大の得点開示票が不合格を示し、役者として就職に奮闘する亀井のもとにZ会からのCM出演依頼がやってきて、この物語は幕を閉じるのです。

 

 

 

 そして②。最終的に亀井は落ちてしまうが、(Z会の俳優として仕事が見つかり)これはこれで良かったね、みたいな終わり方にするというコンセプト。これはZ会、ひいては「受験」というテーマに対して、私が日々感じていることを率直に脚本にぶつけました。

 亀井たちは、いつも決まって合格を目指します(そりゃそう)。ですが、現実には第一志望の学校に進学できなかった人もたくさんいます。高い予備校代を親に負担してもらい、空調の効いた部屋で一流講師の授業を受けることができる受験生がいる一方で、そもそも大学進学を許してくれない家庭もある。恵まれていることは悪ではありません。しかし、社会に残されているいろんな問題や、受験をすることすら叶わなかったひとたちの存在を自覚せず、蹴落とし合いの果てに掴み取った「合格」だけが成功かと問われれば、それは違うと私は思います。

 本合作内では、亀井は浪人したあとも結局東大に落ちてしまいました。しかし、その後Z会の俳優として自分の進路を見つけ出し、ある種の希望と朗らかさを持ってCM本編へと繋がります(CM本編に繋がるアイデアはLixy初出じゃなかった気がします)。

 加藤諒東京藝術大学を目指しておなじく浪人しており、ユージは日本体育大学で奮闘中。秀才は東京大学(設定上は最難関の理科三類)に現役合格しており、みんなそれぞれ違った道を進んでいます。加藤諒らを描いたサイドストーリーである「群青」パートはこち横さんの案によって生まれたものでしたが、先述した「受験」そのものが抱えることとなる課題の別解導出に一役買っているような感覚です。この合作のメッセージ性を一文にまとめるなら、縁起でもないですが「最悪、落ちても案外なんとかなるよ」とかですかね……。

 

Lixyからはおおむね以上となります。改めまして、制作に携わってくださった皆さん、動画を視聴してくれた皆さん、この記事を読んでくれた皆さんへ、本当にありがとうございました。この場を借りて、お礼申し上げます。